生命の不思議な生態_第六話

投稿日:2023年9月1日

生命の不思議な生態(第六話)

 

繁殖の不思議

 

植物の寿命は「老いて死ぬ」と言う我々の常識を越えている不思議な生物である。生物学上、植物の細胞には神秘的な能力である全能性・・・命が再生される能力・・・があるとされている。

ES細胞は受精卵を使い、IPS細胞は皮膚や網膜の細胞から遺伝子操作を行って幹細胞を作り、細胞を分化させてから移植する方法を採用して再生させるが、体のほんの一部は再生出来ても、臓器さえ作るのは難しい。まして、個体の全てを作る事は不可能である。

受精卵から分裂して細胞が出来たのなら、初めの細胞と同じ細胞が作られるはずである。ところが、皮膚の細胞は皮膚しか作らず、心臓の細胞は心臓しか作らない。皮膚と心臓の細胞は異なるDNAを持っているのだろうか。

 

本来なら、体の細胞は常に更新されているから、老人の肌が新しい細胞にとって替わるのであれば、黒ずみやシワのない赤子の肌に変わっても良さそうだが、実際は老人の肌がそのまま再生されている。

ところが、老木の根から生まれた新芽は、種から生まれた芽と何ら遜色は無い。中が空洞で今にも朽ち果てそうな老木が、小さな芽から生まれ変わろうとしている姿を見て、生命の不思議さを感じたことは誰でもあるだろう。

樹齢800年とか1,000年の大樹は、この老木の根から生えた新芽の成長の年齢を含めたのか、或いは何世代も朽ち果てた末の樹全部の年齢なのか。人間を含めた動物にこのような能力はない。

植物だけではない。バクテリアは分裂を繰り返し、クローンが延々と続くのでバクテリアにも寿命はない。

人間を標準に生物の寿命は定義出来ない。どうも生物の寿命は、単純に「天寿を全うする」ことと定義できないようだ。

寿命だけではない。

 

人間と植物は全く逆の生き物であるとアリストテレスは言った。

「植物は逆立ちした人間」である。

栄養を取る口は、人間は上にあるが植物は根が口であるから下にある。生殖器官は、人間は下にあるが植物は花であるから上にある。哺乳動物は口と生殖器官がほぼ水平になっている。

生殖といえば、人間の発情期は年中であり、哺乳動物は繁殖期に限って発情する。植物の発情期は花が咲く頃だ。

人間からすれば、生殖器官が最も人目に付きやすい上にあるため、いやらしさを感じるが、植物から見れば生物は繁殖するために生まれてきているので、それに反する人間の形態のほうが異常であり、誠に奇妙な生き物と感じるだろう。

何故生殖器官が逆になったのだろうか。

それは、植物が動けないことに原因があるようだ。

 

花は、動けないから自分自身でおしべの花粉をめしべに付けることが出来ない。だから何かに頼らなくてはならない。頼る相手は、大きく分けて二通りある。

一つ目は、風によっておしべの花粉をめしべに受粉させる方法である。この花を風媒花と言う。しかしこの方法は風まかせになって効率が悪い。風が吹かない日があり、風が吹いて大量の花粉が撒かれても、うまい具合にメシベに付いてくれるとは限らない。

二つ目は昆虫による受粉である。この花を虫媒花と言う。この方法は花が虫に好かれれば効率が極めて良い。だから、植物のうち80%が虫媒花だと言われている。但し、昆虫が多ければ効率は良いが、葉を食べられるリスクがある。葉は光合成をしなければならないので食べて欲しくない。そこで、ほとんどの植物の葉は食べられないように毒を持っている。葉を食べる虫がいるのは、長年に獲得したその植物に対する耐性が出来ているからだ。植物は虫に受粉してもらわないと生きてはいけない。昆虫は食べる植物が決まっているので、植物は虫の好みに合わせて花の色を変えてきた。

 

昆虫の可視光線は人間とやや異なり、波長が短いほうに全体がずれているので、人間と異なり紫外線は見えるが波長の長い赤色は見えない。したがって赤い花は昆虫には目立たない。

昆虫は白い花に密が多いことを知っているので白い花に集まり、ミツバチは白い花ではなく黄色の花に集まる習性があるようだ。植物と昆虫は切っても切れない関係がある。花には目立つ色や虫が好む香りで誘い甘い蜜を提供し、おしべの花粉が昆虫のお尻につき、別の花のめしべに付いて受粉するように出来ている。

風媒花は、昆虫に頼る必要がないために、花は香りがなく、きれいな花はない。

更に、植物は受粉後に実った果実は、種が成長すると熟して甘くなる。その種をあちらこちらに撒いて欲しいので、おいしい果実を鳥や動物に提供して果実を食べてもらい繁殖しているのである。(鳥媒花)

カボス・スダチ・ゴ-ヤは熟す前に人間が食べてしまうので、植物にとっては嫌な奴だと思っているだろう。

そのほかにも不思議な繁殖方法がある。水の中に暮らす植物には、風・虫・鳥に頼ることは出来ない。身長2mの沖縄のウミショウブは、雄花は海の底で咲き、雌花は海面で咲くから出会うことはない。ところが大潮になると雄花は開花し、1cmの白い花が花粉を海面一杯に満たす。潮が引くと雌花は海面と同じ高さになり、受粉出来るのである。この受粉方法は、雄花がいつ大潮になるか予め知っていなければならない。どのような方法でその日を知るのか不思議でならない。(水媒花)

 

「あれ?」

虫は葉を食べて生きている。鳥は、虫や果実を食べて生きている。植物は、虫や鳥がいなければ繁殖できない。そうすると、植物は海から陸に上がった時、既に地上には虫がいたのか。

いや、虫や鳥は植物がいないと生きていけないし、植物は、虫や鳥がいないと生きていけない。

それでは、虫媒花・鳥媒花の植物と、虫・鳥が地上に出現したのは、被子植物が先なのか虫が先なのか、はたまた鳥が先なのか。前回と同じ鶏と卵の関係になってしまった。

 

 

中山恭三(なかやま きょうぞう)/不動産鑑定士。1946年生まれ。
1976年に㈱総合鑑定調査設立。 現在は㈱総合鑑定調査 相談役。
著書に、不動産にまつわる短編『不思議な話』(文芸社)を2018年2月に出版した。

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