生命の不思議な生態_第三話

投稿日:2023年6月1日

生命の不思議な生態(第三話)

 

遺伝子の不思議

新型コロナウィルスは際限なく変異し、旺盛な繁殖力で南極以外の総ての世界を混乱に陥れた。3月に入ってやっと収束に向かってきたようであるが、新型コロナウィルスの発生原因は未だ不明のままである。

コウモリから直接感染したのか、他に媒介する動物がいたのか、どのような経路で人に感染したのか、中国が非協力なので未だ解明されない。

最初は宿主である人間を大量に殺すほど毒性が強かったが、次第に自分自身も死なないよう、毒性を弱くして宿主を生かしながら感染力を高めてきた。

今年に入っては、XBB.1.5という極めて高い免疫回避能力を持つ変異が起こっていて、毒性が強いのか弱いのかまだよく解っていない。感染力が過去最強のウィルスだと報道された。

ウィルス自体も宿主の死イコ-ル自分の死であるため、宿主を生かさず殺さずしかもヒトの免疫細胞とも闘わなければならない。ウィルスにとっては過酷な繁殖作戦だったのだ。

ウィルスは遺伝子構造が単純なため、容易に変化を起こすことが可能であることと、進化速度は非常に早い点が特徴である。換言すれば、遺伝子変異の効率は極めて良いために、人類が集団免疫を獲得しても無数の種類のウィルスの中から、XBB.1.5のような「ブレ-ク・スル-感染」を引き起こすウィルスが誕生しても不思議ではない。

将来、このウィルスは、強力な感染力と弱毒性によって、宿主と共生するよう更に変異していくのではないだろうか。

猫・チンパンジ-の大半はエイズ・ウイルス(HIV)と共生しており、発症はしない。コロナウィルスはずっ-と昔からコウモリと共生していた。だから、コウモリにとっては新型ではない。人間に免疫がなかったから新型と呼ばれたのである。

 

考えて見て欲しい。

ウィルスにとってみれば、武漢で人に感染するまでは、コウモリと仲良く暮らしていたのだ。ウィルスの縄張りに人が侵略したことが原因であり、侵略されたら、同じ先頭に「ウ」がつくウクライナとことは同じで、防衛せざるを得ない。

何も、これだけの人を殺す動機は、平和的に生きていたウィルスには全くない。防衛によって人に感染させてしまったが、生きるためにはやむを得なかったのだろう。

将来、感染はするが発症を抑えることが出来るよう、コウモリのゲノムを解読して新しいワクチンが出来れば、コロナと共生する時代が来るかもしれない。

 

ウィルスとは逆に、ヒトの遺伝子は90%以上が使用されておらず、僅か10%以下の遺伝子によって我々の身体構造が決定されている。使われない不要な遺伝子のことをジャンクDNA或いは「イントロン」と呼ばれている。

問題なのはこのイントロンが何世代も何世代も親から子に継承されてきたことである。何故、このような無駄なことを長年に亘って受け継がれてきたのだろうか。

企業経営であれば、タイプライタ-やワ-ド・プロセッサ-の使い方を新入社員に教育するようなもので、コストパフォーマンスが悪いことこの上ない。90%以上の遺伝子が使われないのに、なぜ今まで削除されず遺伝子継承が行われてきたのか。

 

これには理由があるらしい。

38億年前に生命が誕生したといわれている。

38億年前とした根拠は、地球誕生後の6億年後、海が安定し出したからそのように推定したのだろう。

最初の生物は海底の熱水溝で誕生したと考えられる。ところが熱水に溶け込んでいた餌となる物質が枯渇してなくなると、突然変異して他の物質を食料とするようになった。このバクテリアのような単細胞生物(単純な原核生物)は、動物と植物の区別はなかった。現在でも、動物か植物か区別出来ない生物がいる。

シラスウナギの配合飼料のミドリムシ(ユーグレナ)である。

自分で動き回り、光合成をするからこの生物は、植物図鑑・動物図鑑の両方に名前が記載されている。

27億年前、光合成する細菌であるシアノバクテリア(原核生物)が大量発生した。このバクテリアは、ミトコンドリアに寄生して葉緑体になった。

ミトコンドリアという名前は聞いたことがあると思うが、この細胞は動植物のみでなく人間にも存在し、受精する際、精子が卵の中に入ると分解されてしまうので、母親のミトコンドリアしか受け継がない。だから、人間(ホモ・サピエンス)の先祖がアフリカから発祥したのだという仮説が生まれた。(ミトコンドリア・イヴ)

シアノバクテリアは現在も海や川に生息している。海苔にも入っている。酸素は猛毒だったので、それまで活躍していた嫌気性生物は、炭酸ガスを吸って酸素を排泄する好気性生物によって大量に死んだのである。

酸素を吸入して呼吸する生物のエネルギー量は、それまでの10倍に増えたため、好気性生物(酸素が必要な生物)は、それ同士食うか食われるかの死闘を演じることになった。

食うか食われるかの競争が激化すると、大きな体が有利となるため、微生物同士が合体していった。多細胞生物の誕生である。

単純な原核生物だったものがミトコンドリアに寄生されて真核生物となり、そこから複雑な過程を得て多細胞生物を生んでいった。人も進化の過程で、卵から魚類・両生類・爬虫類・哺乳類へと形態を変えて今の私達がいる。その過程は母親の子宮の中で再現されている。

 

「個体発生は系統発生を繰り返す」のだ。(エルンスト・ヘッケル)

 

遺伝情報は、数十億年積み重ねられて作られてきた。今では使われなくなったDNAがヒトの歴史を刻んでいる。途方もない長い歴史である。今では忘れ去られてしまった過去の劇的環境変化に対応する免疫反応は、このDNAに保存されている。

将来、我々に襲いかかる未知の恐怖に、このDNAは知能の引き出しを開けて助けてくれるかもしれない。ひょっとすると、薬剤耐性・薬剤抵抗性・抗体反応もDNAの引き出しから出されたものではないだろうか。だから、ヒトのように高度な身体機能・身体構造を作るのには、知能の引き出しである「イントロン」が極めて重要だと言う説が納得出来る。

一方で、使われない遺伝子が90%以上あると言う事は、遺伝子にコピーミスがあったとしても、使われている10%以下の遺伝子にコピーミスがなければ何も問題は起こらない。確率から行けば、遺伝子のコピーミスはそのほとんどがイントロンであるため、変異の確率はかなり低いことになる。

人がウィルスのように簡単に変異したら大変である。1年前の自分と今年の自分がすっかり変わり、来年もまた違う体になる。楽しくなるのが困ったことになるのか、人によって意見は異なるだろう。心配することは無い。世界中を見渡してもホモサピエンス以外の人類は数十万年誕生していない。

 

生物の不思議な点はそこだけではない。我々の体を構成している僅か10%以下の必要なDNAだけを、RNAに転写してタンパク質を作り、我々の身体が出来ていることである。このことは極めて不思議なことである。

両親から受け継いだ10%以下の必要なDNAと「イントロン」との仕分け作業をどの器官で行っているのか。必要か必要でないかの判断基準はどの機能が担っているのか、何か目印でもあるのだろうか。ウィルスのような単純構造であれば、殆どのDNAが必要なので、その機能の必要性は少ない。

 

人は超・超精密機械以上のものである。しかし、必要なDNAが僅か10%だとしても、その数はウィルスのDNAよりもはるかに多いはずである。どの器官に僅かなミスがあっても生きていくことができない。必要なDNAにミスが起きれば人間もウィルスのように、変異してしまうはずである。

その点は心配する必要はないらしい。DNAには、コピ-ミスが起きないような防止機能が働いている。ウィルスのような単純なDNAは防止機能がほとんどないから、変異が多くなる。又、自然変異ではなく人工的に交配を試みても、「種の域」を超える変異は生じていないし、これからも生じないだろう。

但し、ヒトからサル、サルからヒトへの人工交配は実験されていない(証拠はないが、中国で実験されたと言う噂はある)が、人と動物の自然交配(交尾)は昔から趣味でやったのか、生物科学の実験だったのか、幾度となく繰繰り返されてきた。犬・豚・鶏・猿・馬で交配を試みたが、何も誕生しなかった。

倫理的には問題だが、人工交配なら新種の誕生の可能性は否定できない。もし万が一、サルとの間に子供ができたら、戸籍上、親の名前はサルとするのか、性別はオス・メスになるのか子は長男・長女と記載されるのか、

「戸籍法を改正しなきゃ!」 どころの話では無い。心配なのは、将来、科学の限界は倫理基準・宗教だけで留めることが出来るのだろうか。

動物は「種の域」を超えてはいないが、植物は人工交配によって既に「種の域」を超えてしまっている。

ヒトは誕生して以来、今よりず-っと短命であった。

医学の進歩と生活条件の向上によって今後も命は伸び続けるだろう。寿命が伸びたのは遺伝子の進化ではない。

昔は出生率が高く人は早く死んだが、今は出生率が低く寿命が伸びても人口は高齢化し、若い人に世話をしてもらわなければ生きていられない。世話にならなければ生きられない人生は、野生動物の世界では考えられない。

それでも他人の世話にならず生きていける人は良い。しかし、そうでない人の人生はつらい。

最近になって急速に寿命が長くなったため、DNAのコピーミスの機会が格段に上昇したことである。老人に基礎疾患が多いのはそのためだろう。3人に1人はガンによって死ぬとされている。

ガンは老人病だから、「死に至る病」のはずである。それを無理に治せば他に移転するか、我慢できない副作用が生じるのは避けられない。がん治療病棟に比較して、ペインクリニックが少ない現状には不満が残る。痛みさえ抑えてくれれば、死の恐怖は比較的和らぐのではないだろうか。

 

中山恭三(なかやま きょうぞう)/不動産鑑定士。1946年生まれ。
1976年に㈱総合鑑定調査設立。 現在は㈱総合鑑定調査 相談役。
著書に、不動産にまつわる短編『不思議な話』(文芸社)を2018年2月に出版した。

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