8月号(文化の違い①)
13.文化の違い①
しばらく前(12年ほど前)、アメリカで爆発的に売れた本が日本に入ってきた。
タイトル「フランス人は服を十着しか持たない」で、著者はジェニファー・L・スコット(当時女子大生)、翻訳は神崎明子氏で、原題は「レッスンズ・フロ-ム・マダム・シック」(シック夫人から学んだこと)。
彼女は、パリの大学に半年間留学するため、ホームステイ先にフランスの貴族のシック夫人の家を選んだ。その家の生活は極めてシンプルなものだったが、アメリカ人は見習うべきことが多いと考えた。
あるとき彼女は風邪をひいてしまった。シック夫人は体温計を差し出し、熱を測るように言った。日本人は脇で測るが、アメリカ人は口の中で測るため、体温計を口の中に入れた。
夫人はびっくりして止めた。
フランスでは体温計を肛門に入れて測るので、ジェニファーは家族が使った体温計を口の中に入れてしまったのだ。フランスのやり方を聞いた途端、あまりのショックで彼女の風邪はすぐに治ってしまった。
外国に行くとカルチャーショックはよくあること。
フランスの貴族の日常の過ごし方、身だしなみ、食習慣等、学ぶべきことは多かった。
彼女にとって、パリは世界一の憧れの都市であった。
この本の内容で、フランスは食事のマナーが厳格だけでなく、メイン料理の他にフルーツ・デザートが食卓に並び、食事の時間が長いことが強調されている。
犬のご飯のように、腹を満たすために食事をするのではなく、食事は、日常楽しく過ごす重要なひと時と位置付けられている。
朝食でも同じで、テーブルマナーにうるさい(厳格)。急いでいるからと言って、パンをくわえたまま着替えるようなことは絶対にしない。スマホを見ながら食事をするのはマナー違反というより、フランス人から見ればつまらない人生を送ってるなと軽蔑の対象に映る。
因みに、食事時間が長い国は、一位がフランス、二位はイタリア、三位はスペインで、夕食は2時間以上かけるのが当たり前となっているようだ。
フランス料理は生クリーム、バター、チーズ、脂肪分の多い肉等カロリーが多く、コレステロールや肥満で悩んでいる人には嫌われるが、健康第一に考えるか人生を楽しく生きるかは、善悪の問題ではなく価値判断だ。
人生で何が楽しいかと言えば、食事の時間が一番。
久しぶりに友人と会った時、大事なお客様を接待する時、恋人と楽しい時間を過ごす時、食事は絶対欠かせない。人と親しくなりたい時、「今度、食事に行きましょう」と誘う。
他人と食を分かち合うことで結合を深めようとする共食の習慣は、全世界で共通している。
日本でも同じ釜の飯を食った仲、宿泊と食事を提供された場合は「一宿一飯の恩義」を感じる。
昔、台湾の高齢な人と食事をしたことがあって、彼は「一度食べたものは二度と食べない」と言った。「何故ですか?」と聞いたら、「人生は短い。あと何回食事が出来るかわからない。台湾料理は、生まれてから死ぬまで一度も同じ料理を食べなくても良いぐらい、料理の種類が豊富だから同じ料理を食べないように気を付けている」と言って、「日本料理はどう?」と聞かれた。
「沖縄から北海道までの郷土料理や家庭料理まで入れると、台湾と同じぐらい種類は豊富です」と答えた。
彼は「食事の楽しみは、人生の楽しみのうちで最も重要な時間だから、ぞんざいに扱っては駄目だ。それに、感謝の気持ちは絶対忘れてはいかん」と教えてくれた。
話は脱線したが、彼女の「フランス人は服を十着しか持たない」という本は、半年間パリで暮らすにはそれ以上必要なかったことと、この貴族の家のクローゼットには十着しか入らなかったことも原因だ。20着持ってきたが、10着分はキャリーケースに詰めたままだった。フランス人は同じ服を週に何回も着るらしい。
昔、ツア-旅行でフランスに行った時、フランス人のガイドさんが着ているコートがアンティ-ク調だったので、私が気になっていたことを彼女は気づいたらしく、私にこう言った。「このコートは私の曾祖母のもので、百年以上前のものです。曾祖母は貴族だったので、このコートは当時の最高級のものだから手放せないのです。だから大事に使っているの。ところが、ボタンをなくした時、当時のボタンでなきゃ駄目と思い、パリの古着屋さんを何件か回ったら有ったのよ。日本で百年前のボタンを売っている店ある?」
日本では戦前に洋服を着る習慣はなく、ボタンのついた洋服は富裕層しか着なかった。
ヨーロッパでもボタンがついた服は、貴族や特別な富裕層の証だった。
和服は、男も女も右前なのに、洋服だけは男は右前、女は左前についている。それには訳がある。
左前だと非常に着にくい。
ヨーロッパの貴族は、女性の場合、服は自分で着ない。召使が着せやすいように左前になっている。ガイドさんが百年前のコ-トを自慢していたのはこうした背景があったのだ。日本は、召使がいなく自分で着ていたにもかかわらず、今でも女性の服は左前になっている。
何着も服を買うのは、他人を意識してのこと。自分の価値観を大事にすれば、他人の価値観で行動する必要も全くないはず。朝出かけに何を着ようかと悩むのは、ストレスであり、それは他人から見た場合の自分がどう見られているのかを意識するからだ。高級なハンドバッグを持ちたいのは、優越感に自分が支配されているからで、無人島に住んでいたら、ルイヴィトンやエルメスのバッグを欲しいとは誰も思わないだろう。
フランス人はそういう点で合理的だ。高級バッグは他人に売るための商売として考え、自身は着たきりスズメで充分と考える。
フランスで街を歩いていたら、背の低い太った中年の東洋人(日本人かも)が、2・3人でエルメスのバッグに高級時計をはめて、小股でちょこちょこ歩いていた。すれ違いに、パリジェンヌがバスローブだけで歩いていた。背が高く、モデルのような歩き方に目を奪われた。
パリジャンもサングラスをかけ、Tシャツにジーパンだけで歩いていた。
彼らは他人の価値観ではなく、自分の価値観だけで歩いていた。このシンプルさがとても格好よく思えた。
しかし、全てがシンプル・イズ・ライフかと言うとそうでもない。
中山恭三(なかやま きょうぞう)/不動産鑑定士。1946年生まれ。
1976年に㈱総合鑑定調査設立。 現在は㈱総合鑑定調査 相談役。
著書に、不動産にまつわる短編『不思議な話』(文芸社)を2018年2月に出版した。
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