6月号(「緑十字機」の物語)
11.「緑十字機」の物語
先月、5月18日~20日、2泊3日で「浜松マグナリゾート」に行ってきた。
「航空自衛隊浜松基地」の「浜松広報館」で、「緑十字機」の備品が展示されているという情報がネットに出ていたからです。
「緑十字機」は、ポツダム宣言を受諾して降伏した日本に、アメリカ軍が進駐するために、フィリピンのマニラから厚木飛行場へ降伏文書を届ける際に活躍した飛行機のことです。
殆どの日本人は、太平洋戦争の終結は8月15日だと思っている人が多いようですが、この日は昭和天皇がラジオ放送(玉音放送)で、ポツダム宣言受諾と連合国への降伏を国民に伝え、戦争終結が公に知らされた日です。
だから、「終戦の日」あるいは「終戦記念日」と呼ばれています。
国民はこの日、史上初めて天皇の肉声を聞いた。
「朕、深く世界の大勢と、帝国の現状とに鑑み・・・・堪え難きを堪え、忍び難きを忍び・・・・の有名な文言があり、最後に、汝臣民それ克く(よく)、朕が意を体せよ」で終わる難解な文です。
今と違い、ラジオは真空管の時代ですから、放送の声自体聞き取りにくく、国民の大半が何を言っているのか解らなかった。おぼろげながら、戦争が終わったのだと感じたことは間違いない。
ところが軍部まで戦争が終わったと勘違いしてしまった。「ポツダム宣言を受諾したのだから敵は攻めてこないだろう」と勝手に思い、国内外で戦っていた軍隊は戦意を喪失してしまった。敵にしてみれば絶好のチャンスだった。
マッカーサーはこの間隙を突いて、日本に攻めて領土を奪う輩がいることは充分承知していた。一刻も早く日本を統治するために、進駐しなければならないと焦っていた。
終戦の日というのは、日本と連合国が正式に終戦の降伏文書に調印した9月2日で、戦争が完全に終結したのは、サンフランシスコ平和条約が発効した1952年(昭和27年)4月28日のことである。
ソ連は独ソ戦が終わると、8月9日に日本に対し宣戦布告し、8月11日に樺太で戦闘を開始した。
マッカーサーが心配したとおり、ポツダム宣言受諾後の8月15日から3日経った8月18日、アリューシャン列島の最北端の占守島(シュムシュトウ)に上陸し、ここを基点にウルップ島までの千島列島を占領、その後、「択捉」、「国後」、「色丹」、「歯舞」を占領した。
終戦したのに、何故ソ連軍が攻めてきたのか、と疑問に思う人は当然いただろう。戦争が終わったと思ったのは日本だけで、連合国は正式な文章に調印されない限り、戦争は継続したままだ。
ソ連軍は更に勢いに任せ、大挙して北海道に上陸した。
陸軍の「樋口季一郎中将」(関東軍のハルビン特務機関長で、ドイツから流れてきたユダヤ人を、満州国内で受け入れたことで有名になった軍人)はこの上陸を予想しており、北海道に防衛線を張って決死の覚悟で上陸を阻止した。
この「樋口中将」のおかげで、北海道はソ連領にならなかったことはあまり知られていない。
以前、四国の淡路島を訪れたとき、「伊弉諾神宮」に彼の銅像が建っていたが、樋口中将はこの島の出身だったのです。
玉音放送があった8月15日の翌日、フィリピンのマニラにいたマッカーサーは、日本軍(大本営)に対し、
「全権を委任された降伏軍師を送り、飛行機は白色に塗り、緑色の十字をつけて8月17日にマニラに向けて出発せよ!」と伝文してきた。このため、この飛行機は「緑十字機」或いは「平和の鳩」と呼ばれた。
ところが、この頃「厚木航空隊」の小園安名(こそのやすな)司令官(大和魂の権化のような人)は、「徹底抗戦をし、絶対に降伏しない!」と書いたビラを全国に散布し、大本営を困らせた。
大本営は、厚木航空隊がクーデターを起こしているため、「マッカーサーに時間がほしい、だからとても17日に出発することは出来ない!」と伝えた。
更に困った事に、降伏軍師としてマニラに行くことは、大日本帝国軍人の恥であるため、誰一人として行きたくない。
「何事があろうが、時間を遅らせるな!」とマッカーサーは怒り心頭だった。
大本営は仕方なく、陸軍参謀次長「川辺虎四郎中将」に白羽の矢を立てた。
海軍からは、海軍省主席副官「横山一郎少将」、外務省からは調査局長「岡部勝男」の3人が選ばれた。
当然反乱軍は黙って見ていたわけではない。降伏軍師派遣を阻止するために厚木飛行場を襲撃したのである。
そこで大本営は、横須賀にあった一番機を木更津飛行場に移送し、二番機と共に19日午前7時に出発させた。
両機は九州上空で、抗戦派(反乱軍)の妨害が予想されたために、米軍機が護衛として合流し南に向かった。沖縄の伊江島(名護市の西向の小さな島)に一番機が上陸したものの、二番機のフラップが下がらず、ブレーキが効かないという事故が発生してしまった。
続く
中山恭三(なかやま きょうぞう)/不動産鑑定士。1946年生まれ。
1976年に㈱総合鑑定調査設立。 現在は㈱総合鑑定調査 相談役。
著書に、不動産にまつわる短編『不思議な話』(文芸社)を2018年2月に出版した。
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